もんでん奈津代さんに、宮澤賢治の短編を英訳するにあたっての思いなどをお尋ねしています。連載3回目、最終回です。
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賢治の作品は私がこれまで英語で表現しようと考えたことのない世界、私が内に向かう、一人になった時に楽しむ世界でした。賢治の世界と英語の世界、それらは私の中にある両極端な世界のように感じました。私が愛しているアメリカやカナダの友人たちに「こういう世界があるんだよ」と、うまく表せるならぜひ読んでみてほしいと思うのですが、きっととても難しい作業になるだろうな、と思っています。
言葉にならない世界をあえて言葉にして伝えようとしているのが宮澤賢治の作品なのだと思います。私は賢治の作品を読む時には、よく音読します。頭で理解するのではなく、詩として読んだ時にボワボワボワーンと奥から不思議に広がってくる。そんな作品なので、意味として英語に訳すのは本当に難しいだろうな、と思うのです。
今回の英訳にあたり、これまで私が使っていた英語では不十分で、一つ一つ言葉を深く調べなくてはならないと感じています。そして作品の中で、どんな情景が目の前に広がっているのかというイメージを、私がありありと体で感じるということがきっと一番、必要なのでしょう。
とはいえ賢治は、作品の中で言葉を通してイメージを広げているのですから、結局は言葉でしかありません。賢治は言葉の選び方にとてもこだわっていました。何回もいろんな色で書き直された賢治の原稿用紙。私にとってもそういう作業が大事になってくるんだろうな、と思います。
例えば『マグノリアの木』に出てくる「諒安(リョウアン)」という人物の名前。「諒」という字は「真実」という意味、「安」は「安らぎ」。つまり、「真実を認めることによって、初めて安らぎを得る」というのが「諒安」という名前のもつ意味なのだそうです。初段階では「私は」と一人称で書いていたのを、この名前の主人公に変えた賢治。仏教思想と法華経に帰依していた賢治にとって、この名前にした意味は深く、これは「訳者註」で説明する必要があるだろうと思います。
一つ一つの言葉に対しどの言葉を選んでいくかというのは、私にとって大きな挑戦です。
もんでん奈津代さんプロフィール
在野の南太平洋生活研究家・ツバル語英語 通訳/翻訳/教師。
著書『子連れ南の島暮らし』『ツバル語会話入門』。
ホームページ「天国に一番近い島ツバルにて」 http://monden.daa.jp/tuvalu.html
ツバルの離島、ナヌマンガ島での直近の8ヶ月の島暮らしをマンガに描いています。 https://note.com/mondennatu/m/meba8fc37584b
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もんでんさん、英訳にあたっての思いをお聞かせいただき、ありがとうございました。翻訳作品を楽しみにしています。